モダンポートフォリオ理論の流用によるTCGにおけるチーム勝率の向上

チーム戦で2-1で勝ち続けることを「上手く噛み合った」と表現する人が多いようである。
また、それは運が良かった結果たまたま生じたように書かれることが多数のように見受けられる。
これを意図的に生じさせる方法はないのだろうか?
以下は(ある程度)意図的に「噛み合う」状態を生じさせる方法についての記述である。


ポートフォリオ理論というものがある。
要約すると相関の小さいものに投資を行うことでリターンをそのままにリスクを抑えることが可能という理論である。
これをTCGのチーム戦に流用することを考える。



(以下では”相関”とは、チームのメンバー同士の勝率の相関のことと定義している。
すなわち相関が大きいとは、同じデッキタイプのデッキに対し、チーム内の他の人が勝っていれば自分も勝つ傾向にあり、負けていれば自分も負ける傾向があることを意味する。)


以降では具体例を示しながら言いたいことを説明していく。


今ここにXさん、わいさん、Zさんで構成された3人チームがあったとする。
ここでは以下の3点を仮定する。


  ・Xさん、わいさん、Zさんは全く同じプレイングレベルである。
  ・チームで相性が良いデッキには100%、相性の悪いデッキには40%勝てるデッキAを保持している。
  ・相性が良い&悪いデッキと当たる確率がそれぞれ2分の1である。


デッキAの勝率は70%となる。


そして今回最も重要となる点を仮定する。それは


  「相手のチームは全員同じデッキを使う」


である。すなわち敵チームメンバーの勝率の相関が最大の時である。



この場合についてのチームの勝率について考えていく。


まずXさん、わいさん、Zさん共にAを使用したとする。
全員同じデッキのため、メンバー同士の勝率の相関は最大となる。
この場合、相性の良いデッキを使うチームに対しては自分のチームは100%勝つことが出来る。
一方相性の悪いデッキには三人とも40%の勝率となり勝つためには少なくとも2人が勝率40%の網を潜り抜けなければならない。


次にZさんがチーム内の相関を小さくするために、「Aにとって相性の良いデッキ」に30%「Aにとって相性の悪いデッキ」に60%の勝率のデッキを使用したとする。
このデッキのトータルでの勝率は45%となる。このデッキをBとする。
この場合においてのチーム内の内訳はA、A、Bとなる。このチームの勝率を考える。
「相性の良いデッキ」と当たる場合、A使用者が2人いるのでチームとしての勝率は変わらず100%である。
一方「相性の悪いデッキ」と当たる場合、三人の勝率はそれぞれ40%、40%、60%となる。
ゆえに最初の場合に比べ有利である。


ここで特筆すべきは、Aの個人での勝率は70%なのに対しBはたった45%なことである。


「「単体では半分も勝てない弱小デッキが、チームに組み込んだ途端勝率70%のデッキよりもチームの勝率を上昇させる役割を担っている」」のである。


ここから、デッキの相関の高いチームが相手だと分かっている場合に、チームとしての勝率を上げるには必ずしも勝率が高いものを使用することが正しいとはいえないことがいえる。
またチーム内で相関の小さい、理想的には逆相関のデッキを用いることでチームの勝率を向上させることが可能であるといえる※1。


なぜこのような現象が起こるのか疑問に思われる方もいるかと思う。
これはチームで目指すのが「それぞれの個人の勝ちの数を最大化すること」ではなく「個人の勝敗の合計で2勝1敗以上となる確率を最大化すること」だからである。
いくら3勝0敗になる確率が減少しようとも、2勝1敗となる確率がそれ以上に増加すればよいのである。
より直感的に分かりやすい説明を試みると


 3勝0敗は勝ち星の無駄であり、その内の1勝を1敗にして本来1勝2敗である方に振り分ける方が良い
 そしてそのためには、相手チームが全員似たようなデッキを使用すると仮定すれば、


 隣の人が勝って(負けて)いるときに自分も勝ち(負け)やすい


 状況より


 隣の人が負けているときにこそ勝つ


 状況の方が良い
 (ただし、少なくとも一つのデッキが勝率50%以上であることが必須)


ということになる。


以上が敵チームの相関が強い、つまり似たようなデッキを使っている場合の話である。
それでは相関が強くないときはどうだろうか?
相関が強くないということは横の人と自分の勝ち負けに関連が見られない状況ということになる※2。
関連が見られないのであれば、自チームの相関など考える必要はなく勝率のみが重要ということになるのである。


ここまで読んできた人の中には
「相手のチーム内のデッキの相関の強さなんて対戦しないと分からない」
と考える人もいるかと思う。
当然、分布を完全に予測することはまず不可能である。
しかし過去のデータなどからある程度の傾向であれば推測できるのではないだろうか。
ただ、このようなデータをまともに集計しているところは皆無だと思う。
(デッキタイプ毎の総数なら集計していると思うが、それでは意味がない)
よって実際に参加し傾向をつかんだり、参加者の心理を読むことが重要である。
(これは個人的な考えであるが、恐らく何も考えずにバラバラなデッキを使用するチームが多数だと思う。この記事にあるようなことを理解している人はあまりいない。よって同じデッキを使うより分散させる方が何となく安定感があり良さそうと考えると思われるからである。5人全員同じデッキ というチームしかいない状況よりは 5人全員バラバラ というチームしかいない状況の方が想像できる。
バラバラなデッキを使用する、すなわち相関が小さいチームばかりであれば、素直に勝率が最も高いデッキを全員で使用するのが楽である。)
もちろん、仮に相関が完全にランダムで推測できないとするなら、この記事は机上の空論である。
(よってそのように考える人は後の文を読まずにページを閉じていただきたい。)


また新たに言えるのは、


・相関の強いチームを作るのは容易であるが、逆相関のチームを作るのは難しい


ということである。これは3人とも同じデッキを使えば完全相関のチームが出来上がることからして自明である。
また逆相関のチーム、すなわちとなりの人が負けていたら自分は逆に勝ちやすいという関係のチームを作るのはかなり難しいようにも思う。
ここからいえるのは、チームの勝率だけを考えるなら、勝率75%のデッキを一つだけ作り3人同時に使用するよりは勝率75%のコンセプトの違うデッキを3つ作り別々に使用するほうがいいということである。
相手のデッキがバラバラの時は前者と勝率が変わらず、似たようなデッキの時は前者に比べチームの勝率を上げられるのである。
しかし、特性が違うかつ勝率の高いデッキを三つも作り上げるのは難しいと思われる。
よってデッキの勝率と相関性をみながら使用するデッキを決める、という形になるのが現実的である。


議論をまとめると、


・チーム内でのデッキの相関を小さくすることでチームの勝率の向上を図ることが出来る


・そしてその傾向は、相手のチーム内の相関の強さに比例する


ということになる。
また加えて言うと、3人チームより5人チーム、5人チームより7人チーム、…の方がこの傾向は強くなることになる。


チーム戦だと、個人個人がどのようなデッキを使用するか、ということに注目しがちであるが、
「全体としてどのようなデッキ構成にするのか?」
ということも重要になってくるように思われる。
「チーム戦は個人戦を3人分やるのと変わらない」と言う人もいるかもしれないが、上記のようなことから明らかに異なる。(相手チームの相関に一切のバイアスが存在しないというなら話は別だが…)
また個人の意見を尊重し自分の好きなデッキを使う、ということを最初から決めているチームもあるようであるが、これは上記のような要素を考慮に入れず放棄していることになる。
さらに8−0、7−1、4−4 みたいな戦績のチームで、4−4の人が戦犯、とは一概にいえない。
上の例だとXさんとわいさんは勝率の低いデッキを使うZさんに感謝すべきである。


敵チームのメンバーの勝率の相関係数にバイアスが存在する場合、敵チームの相関係数と自チームに存在するデッキの勝率に基づき、その勝率を保ったまま自チームのメンバーの勝率の相関係数を変動させることで自チームの勝率を上げたりデッキ開発の労力を抑えることが可能である。
以上が勝率の相関を利用したTCGチーム戦における勝率の向上・デッキ開発の労力減少方法である。


完全に余談だが、この理論は、個人の能力では劣る人で構成されたチームであっても、力を合わせることで打ち勝つことができる可能性を持っているという"綺麗事"が、感情論ではなく理論的に成り立っていて好きである。


なおこれまでの理論はチームのデッキの勝率が(少なくとも一つは)50%を超えることを前提としている。ゆえに頭わるわるチームは参考にすべきではない。
頭わるわるチームは相関が強いチームと対決し、味方と自分のデッキが逆相関である場合他の人が運よく勝った場合自分は負けやすいという最悪な状態になる。
よって頭わるわるチームは自分達が頭わるわるであることを素直に認め、最も勝率が高いデッキを3人全員が使用したほうが良い。
(もっとも、こんなことを考えている暇があるならまず勝率が5割を超えるデッキを考えた方がよっぽど近道だと思うが…)


最後に書いておくが、この記事に書いてあることは逆相関のチームが殆ど存在しないことを前提としている。
(逆相関のチームを作るのは難しいと考えられるため)


追記


この記事が最も役に立つのは、決勝でも勝率が50%を超えることが期待されるような上級者チームか、予選の時点で一番強いデッキでも50%も勝てない頭わるわるチームのどちらかである。なぜなら決勝に近づくにつれ、勝率は下降していくことが予想されるからである。例えば予選で勝率53%のようなチームは、デッキの分散が予選では功を奏したが、決勝では勝率が50%を切り逆効果になってしまったというようなことが起こり得てしまう。


追記2


幾何平均勝率という概念を前記事で紹介した。幾何平均勝率が高いほどマッチ戦の勝率が高いという理論である。
ここで、チーム戦は3人で勝負するのだから幾何平均勝率が高いほうが有利と考える人もいるだろう。
それでは、幾何平均勝率が高いデッキを使えば必ずチーム戦でも勝率が上がるのだろうか?


今ここに


・どんなデッキにも勝率75%のデッキA


を3人全員が使用したチームx



・デッキA
・優位なデッキに勝率100%、不利なデッキに勝率50%のデッキB
・デッキBの優位なデッキに勝率50%、デッキBの不利なデッキに勝率100%のデッキC


をそれぞれ一人ずつが使用したチームyを考える。

算術平均勝率は全てのデッキにおいて変わらない。一方幾何平均勝率はデッキAが一番高く、デッキBとデッキCはAより小さい。
ゆえにチームxの方が強そうである。
全員が同じデッキを使用したチームに対する勝率を実際に計算してみることとする。


チームx

3/4*3/4+(1/4*3/4*3/4)*2=27/32

チームy

(1/4*1/2)*(1/2)*2 = 1/8(敗率)
1-1/8=7/8

(28/32) > (27/32)

であり、なんとチームyの方が強いのである。
(なお、敵チームの使用デッキがバラバラな場合、勝率は同じである。)
チーム戦の場合、幾何平均勝率は、勝率を最大限に高めるという観点からはあまり有効でない。
なぜなら、マッチ戦では一戦目で使用したデッキを必ず2戦目でも使わないといけないが、チーム戦ではそれがないからである。
では、幾何平均勝率は無用の長物なのだろうか。いや、そうではない。
考えてみたらわかると思うが、チームxとチームy、どちらの方のチームがデッキ開発しやすいかというと、当然xである。
xは勝率75%のデッキを一つ(これも難しいと思うが)作るだけでよい。
それに対し、yはそれに加え、勝率が同程度のデッキ、さらにそのデッキの勝率と逆相関の勝率を持つデッキを作らないといけないのである。
しかもこのような苦行を経てもなお、例えばこの例の場合、勝率が3%しか上がっていないのである。
更に、これは相関が最も強い時の場合である。敵チームがバラバラのデッキの場合、このような努力は完全に無駄である。
これは少なくとも自分のような頭わるわるプレイヤーには難儀である。
ここから、作れたデッキの幾何平均勝率が高いほど、デッキ開発の難易度に対するチーム勝率が高いことが考えられるので、幾何平均勝率も多少有用であるといえるだろう。

…と思っていたのだが、冷静になると、最初に作るどんなデッキにも75%とれるデッキ、というのもかなり難しいように思う。
よって、幾何平均勝率が高いデッキが出来たのなら、全員同じデッキを使い、そのようなデッキを作れないのであれば、補いあうようなデッキ構成にする戦略をとれば良いと思われる。
勿論、相関が小さいチームが圧倒的大多数なのであれば、このような思考は一切必要なく、(算術平均)勝率が最も高いものを一つだけつくれば充分である。
なお何度もいうが、これらは勝率が50%を超えたデッキを作れることが前提の話である。


まとめると、


・チームに存在するデッキの幾何平均勝率が高いほど、相関性を生かしたチームの勝率向上の効果は減少する


・代わりに、同じデッキを使用した時の相関性の高いチームに対する勝率は高い傾向にある


である。



※1 


一人ひとりの単純な勝ちの数の合計が上昇するわけではない。
単純な勝ち数だけ比較するなら保持しているデッキの中で最も勝率が高いものを3人全員が使用するほうが良い。
この点については、特に「予選で同じ4勝1敗なら個人の負けの数の合計が少ないほうが予選突破」のようなレギュレーションの大会で注意が必要。


※2


正確には相関係数が負の値、すなわち逆相関にある場合は異なる。


補足:
ここでいう相関とは、勝敗についての相関である。
つまり黒緑速攻を2人、赤単速攻を1人とするような分散方法は、デッキに含まれているカードは40枚とも違うが、正しいとはいえない。
黒緑速攻が不利とするデッキは大抵赤単速攻も不利だからである(つまり相関が大きい)。


補足2:
ここでは
・チーム戦では相談できるので同じデッキを使うほうが理解が深まっていて勝率が上がる
・同じデッキを使っていたら隣を見られて入っているカードがばれ勝率が下がる
などといった事象は一切無視している。


補足3:
ここでは相関の分布がどの試合においても一定であることを前提としている。よって予選時と決勝トーナメントで大きく異なる傾向がみられる場合などは別の戦略をとることも考えられるが、複雑すぎて分からないので有能な別の人が記事を書いてくれることを期待し無視している。