一本勝負-マッチ戦間の差異と幾何平均勝率

デッキの評価尺度として大多数が"勝率"を使用していると思われる。
果たして勝率を大きくすれば勝てる確率が必ず大きくなるのだろうか?


またTCGでの一本勝負と二本先取の違いとして槍玉にあげられやすいのは、二本先取の方が実力のあるプレイヤーが勝ち抜きやすいということである。
果たして違いはこれだけだろうか?


結論からいうと、これらは誤りである。


これで終わると罵詈雑言がとんできそうなので、具体例を挙げながら説明を行う。



今ここに勝率75%のデッキが二つある。
一つはどんな相手にも勝率75%というデッキA、もう一つは優位なデッキに100%勝つことが出来、不利なデッキにも50%勝てるデッキBである。
ここでは優位なデッキにも不利なデッキにも2分の1で対戦するものとした。
これらのマッチ戦での勝率を考える。


計算すると

(勝率)=(1○2○の確率)+(1○2×3○の確率)+(1×2○3○の確率)

Aは(3/4*3/4)+(3/4*1/4*3/4)+(1/4*3/4*3/4)=27/32
Bは
優位なデッキ(1/2で当たる)
1*1+0+0=1
不利なデッキ(1/2で当たる)
(1/2*1/2)+(1/2*1/2*1/2)+(1/2*1/2*1/2)=1/2
よって
(1/2*1)+1/2*1/2=3/4


となり,(27/32)>(24/32)である。


よって1試合では同じ勝率であるにもかかわらず、マッチ戦では前者のほうが勝率が高くなる(しかも約10%も)。勝率が変わらないのにマッチ戦の勝率は上がっているため、上の計算が直感的に間違っていると感じる人もいるだろうが、事実である。


なぜこのような事が生じるのか?
それは勝率が「算術」平均で算出されているからである。
(例えば環境に3分の1いるデッキに40%勝てて、同様に3分の1で60%、3分の1で50%勝てる時、トータルで50%の勝率、というのは算術平均)
マッチ戦の勝利条件は「半分より勝つこと」である。
デッキの勝率が50%を超えている場合、マッチ戦の勝率を考えるにあたっては、


1試合当たりの算術平均勝率を最大化する


のでは不十分である。さらに


1試合当たりの幾何平均勝率(後述)を考慮


しなければならないのである。


いくら勝率が大きかろうが、勝つときは常に3勝0敗、負けるときは常に1勝2敗のデッキは、
勝つときは常に2勝1敗、負けるときは常に0勝3敗のデッキに比べ勝率に対するマッチ戦の勝利率が低く明らかに非効率である。
この効率の良さも評価に含めた尺度が幾何平均勝率である。
よってマッチ戦のようなn本先取では評価尺度として算術平均勝率だけではなく「幾何」平均勝率も用いるべきである。
なお幾何平均はσを標準偏差として
(算術平均)^2-(σ^2)の平方根
で近似される。
(数学にはそこまで詳しくないので、この式は間違っているかもしれないが、これに近い形になるはず)
一応いっておくと標準偏差とはバラつきの大きさのことである。
 

デッキの算術平均勝率が50%を上回る場合、幾何平均勝率の最大化は、同条件での連続的な試行における長期的なマッチ戦での勝率を最大化する。
すなわち、n本先取 において、nが限りなく大きいとすれば、幾何平均勝率が最大となるものを選んだ方が良いということになる。
しかし、現実ではn=2となることが多い。よって、幾何平均勝率が最大となるデッキがマッチ戦の勝率を最大化するということはいえない。幾何平均勝率と算術平均勝率の両方を見て判断すべきである。
また、nの数が増大するにつれ、算術平均勝率に対して幾何平均勝率の重要度が増していくことになる。


最初の例で考えると、Aは分散が0であるため、幾何平均勝率も算術平均勝率に一致する。
一方Bは分散が0でない値をとるため、幾何平均勝率は確実に75%未満となる。
よってマッチ戦の勝率ではA>Bとなるのである。


ここから一つの定理が導ける。それは


 「マッチ戦における勝率は各デッキタイプに対する勝率の分散の大きさが大きいほど小さくなる」


というものである。
わかりやすくいうと、勝率がほぼ同じなら、安定して65%勝てるデッキの方が、あるデッキには9割勝てるけど別のデッキには4割しか勝てない といったバラつきのあるデッキより「マッチ戦では」勝率が高いということである。
また、勝率が低くても、幾何平均勝率さえ上回っていれば、勝率が高い他のデッキに比べてマッチ戦での勝率が上となる場合もあるといえる。


この定理から様々な応用が可能となる。
例えば勝ちづらい相手に勝つためメタカードと呼ばれるカードをデッキに投入するという事例について考える。
メタカードを投入するということは勝ちやすい相手に勝ちにくくなる分勝ちにくい相手に勝ちやすくなるということになる。
つまり勝率の分散が小さくなることが期待される。
一本勝負では分散はどうでも良く勝率のみを考えれば良い。
したがって勝率が低くなってしまう場合は採用を見送るのが正解である。
しかし二本先取の場合、勝率が上がる場合は勿論、勝率が下がる場合でも二本先取においての勝率は上がる可能性さえある。
すなわち、
メタカードの採用は一本勝負よりもマッチ戦で猛威を振るうという結論が導き出せるのである。
(勿論、分散が大きくなる場合は別である)


さらに別例として、あるデッキを捨てて、他の勝ちやすいデッキには確実に勝てるようにする、という戦略について考える。
これはマッチ戦では勝率が落ちかねない行為である。なぜなら分散が大きくなる(幾何平均勝率が小さくなる)からである。
よってこのような戦略は1本勝負で採用するほうが良いと思われる。
以前MTGの記事か何かで、八十岡さんという方が
「↑のような戦略は間違いで、どんな相手にも55%は勝てるデッキを作る」
と述べていた記憶があるが、これは幾何平均勝率を上げる戦略であり、レギュレーションがマッチ戦であれば極めて理にかなっているといえるだろう。


なお上記の理論は自分のデッキの勝率が50%を超えることを前提としている。ゆえに頭わるわるプレイヤーは参考にすべきではない。
頭わるわるプレイヤーは二本先取においては自分が頭わるわるプレイヤーであることを素直に認め、
逆に分散が大きくなるようなデッキを使用したほうが良い。
すなわち、この相手にはほとんど勝てないが、この相手には70%勝てる といったデッキである。
もっとも、こんなことを考えている暇があるならまず勝率を5割以上にするように考えた方がよっぽど近道だと思うが…


(なぜ勝率50%を超えているか否かで変わるのかは、マッチ戦をn本先取(nは限りなく大きい自然数)と仮定して、勝率が51%と49%の場合を考えてみればよいと思う。
勝率51%の場合、どんな相手にも勝率51%であればマッチ戦での勝率は100%となり、分散が大きければ勝率が49%以下の相手も出てきてマッチ戦勝率が100%を切るのが分かるだろう。
逆に49%の場合、どんな相手にも勝率49%であればマッチ戦での勝率は0%となり,分散が大きければ勝率が51%以上の相手も出てきてマッチ戦勝率が0より大きくなるのが分かるだろう。)


また遊戯王のようにサイドデッキがルールとして組み込まれているゲームではこの理論を活用するのは難しくなることを付け加えておく。


追記

この記事が最も役に立つのは、決勝でも勝率が50%を超えることが期待されるような上級者か、予選の時点で50%も勝てない頭わるわるプレイヤーのどちらかである。なぜなら決勝に近づくにつれ、勝率は下降していくことが予想されるからである。例えば予選で勝率53%のようなプレイヤーは、分散の小ささが予選では功を奏したが、決勝Tでは勝率が50%を切り逆効果になってしまったというようなことが起こり得てしまう。


追記2

幾何平均勝率の最大化は1試合ごとの勝利数を最大化するわけではない。
算術平均勝率の最大化が勝利数を最大化する。
よって予選で同じ4勝1敗なら勝利数や敗北数をみて予選突破者を決める、というような大会ではこの点を注意しなければならない。


補足:
勘違いする人もいるかと思うので補足として述べておくが、1本勝負の場合、勝率の分散はほぼ「どうでもよく」、算術平均勝率のみが重要である。これは前の試合と次の試合とがほぼ独立しているからである。よって1本勝負の場合、安定しているデッキのほうが優勝の確率が高くなるなどということはいえない。「ほぼ」とつけたのはトーナメントの場合前の試合と後の試合とで勝率算出における母集団が異なるからであるが、このような事まで考えるのは複雑すぎて面倒なためやめておく。